布の質感や染めの面白さを身に纏うtouch me notの洋服
2023.02.24
PEOPLE一着の洋服に仕立てるまでに、布地を作るところから自ら手がける「touch me not」の中嶋亮子さん。どこか儚げな雰囲気と遊び心が感じられる洋服は、その製作工程を知ると「こんなにもいろんな挑戦がこめられていたんだ」とぐっと興味がそそられるはず。一見シンプルに見える洋服の細部に秘められた中嶋さんのこだわりについてお話をうかがいました。
染織を学び、生地作りの世界へ
「母は手先が器用な人で編み物が得意なんですね。それもあって小さい頃から何かを作ることを楽しんでいたと思います。今考えると、手仕事ができるのは当たり前、みたいな環境だったのかもしれません。高校時代は紅型などの染織を学んで、進学した東京の大学ではテキスタイルデザインを専攻しました。在学中には、世界的に活躍されていたテキスタイルプランナーの新井淳一先生のもとでも学ばせてもらいました」。
イッセイミヤケやコムデギャルソンなど、世界中でその名を知らない人はいないほど有名なブランドから指名が入る新井先生に「教えてください!」と半ば体当たりのようなかたちで弟子入りしたという中嶋さん。「『追っかけ弟子』なんて言われていたんですけど」と笑うけれど、そのときに得た知識と経験は、今の中嶋さんを大いに支えているのだといいます。
手間をかけることに躊躇がないのは、やってみたいことが先立つから
中嶋さんが身を置いていたのはもともと洋服ではなく、生地を作る世界。30代で沖縄に戻り、結婚を機に再びやりたいことができる環境になった時、生地だけではなく、それを洋服に仕立てることまでしなければなかなか手に取ってもらえないと、一着の洋服を生地から作るスタイルができあがったといいます。
それだけでも大変なことなのに、これまでのバックグラウンドから、生地づくりの面白さをどうしても追求したくなってしまい、作業するための機械や場所が整っていないことをさほど気にもせず、さまざまな染めの技法をすべて手作業で行ってみたという中嶋さん。
例えば、アルミ蒸着されたポリエステルの生地に気化するタイプの染料を使って染色したり、まるで工場で行われるような転写方法をしてみたり、通常は染めた生地を使って洋服を作るところを、でき上がった洋服を最後に染めるというやり方をしてみたり。本物の草花を一度押し花にして、そこにインクをのせてシルクスクリーンでプリントしたり。こんなことを手作業でやろうと思う人はなかなかいないだろうと思うようなことに、中嶋さんはつい挑戦してしまうのだそう。
「始める前にあまり考えていないんですかね(笑)。もちろん大変だーって思いながらやるんですけど、でもこの工程はどうしても必要なんだよなぁ…、って思うから省くこともできないし。ただ、そもそも染め織りって手間がかかるものなんですよね。例えば着尺の場合は、幅40センチメートル弱のものを織るとしても、まずは相当な数の糸を織機に通す作業からスタートする。その手間のかけ方がベースなんです。それを考えると、今私がやっていることも『あれに比べたらなんてイージーなの』なんて思ったりするんですよね」。
「touch me not」の言葉の広がりにのせて新たな一歩を
中嶋さんのブランド名である「touch me not」は沖縄の方言でいうと「てぃんさぐの花」、和名は鳳仙花(ほうせんか)。鮮やかな赤や紫の小さな花をたくさん咲かせ、咲き終わった後、種をたくさんたくわえた実が勢いよく弾けることで知られます。
「沖縄っぽさにつながる名前をつけたくて、響きから決めたんですけど、実はギリシャ神話にもその名前のお話があると教えてくださった方がいて。キリスト教でイエスキリストが復活を遂げたときに周りの弟子たちに発した言葉がtouch me notだったって。自分も知らなかった言葉の広がりがあったことが嬉しくて」。
儚さと、どこか夢うつつなファンタジーを感じる世界観のある中嶋さんの洋服。その芯に秘められた強さとしなやかさは、身に纏った人だけが感じ取ることができるのです。